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過食や拒食から抜け出すための気付き

食べることの意味

 

 

 

 

 

心優しい勇者たちへ

 

 

 

 

 

 

私の摂食障害の 25 年間は、

嘔吐なしの過食と、拒食、絶食、チューイングの繰り返しで、

「普通の食事」はほとんどしていませんでした。

 

 

 

ここで言う「普通の食事」とは、

こだわりや心配のない状態で食事をすることです。

 

 

 

いつも頭の中は、

カロリー計算や糖や油の有無についての執着、

小麦粉や乳製品、添加物などを排除しなければならないといった強迫観念、

決まった時間に決まったものを食べないといけないという焦燥感に苦しめられました。

 

 

 

はじめの数年間は、

色々な食品や栄養を考えてバランスのとれた食事を毎食作っていましたが、

目が覚めている間中、絶えず食べ物のことや、

カロリーや体重といった数字に支配されていたので、

それ以外のことに手がつかず、

普通の生活がままならなくなりました。

 

 

 

最優先は、終わりのない「痩せ続けること」。

 

 

 

25 年間、痩せるために生きているような感じでした。

 

 

 

次第に考えることにも疲れてきます。

 

 

 

食事は私にとって、拘束(拒食や絶食)と解放(過食やチューイング)と極端で、

「おいしい」とか「満足」とはならないのです。

 

 

 

「これは食べて大丈夫」、「それは食べてはだめ」といった仕分けや、

栄養素のバランスなど考えることが苦しくなり、

ついに放棄します。

 

 

全く同じメニューを毎日作るようになり、

それにも疲れていって・・・

 

 

野菜だけとか、ヨーグルトだけといった単品へ、

ある時期は、固形物を咀嚼することが怖くなって、

プロテインやスムージーだけといった流動食に向かっていきました。

 

 

 

もはや餌をやっているだけのような家畜状態・・・。

 

 

 

 

栄養が足りていない状態が続くと、

生命維持のためエネルギーを貯めようとする働きにより、

思考も代謝も落ち込んで、

生きる気力もなくなっていくものなのだと思います。

 

 

 

まさに私たちは、

「生きるために食べる」のですよね。

 

 

 

当たり前のことですが、

一番大事なことを、

この時期に体感として学んでいたのだと思います。

 

 

 

 

なぜ、私たちは、

「おいしい!」って食べることを禁じるようになったのでしょう。

 

 

 

なぜ、多くのものを犠牲にして、

「痩せ」に固執するのでしょう。

 

 

 

「愛されたい」

「安心したい」

「人より優れていたい」

「負けないものがこれしかない」

「認められたい」

「優しくされたい」

「許されたい」

「罰したい」

「大人になりたくない」

「胎児に戻りたい」

「社会に出たくない」

「目立ちたくない」

「注目されたい」

「病気でいたい」

「全部拒否したい」

「親の思い通りにはならない」

「積み上げたものを破壊したい」

「リセットしたい」

「特別にされたい」

「汚れたい」

「きれいになりたい」

「身を持って証明したい」

「女性として見られたくない」

「女性として見られたい」・・・

 

 

 

 

など、私の場合はこういった気持ちが無意識にありました。

 

 

 

心も身体も飢餓状態が続くと、

「満たされたい」と望むことは、ごく自然なこと。

 

 

 

世間や親が作った理想の型にはまるように、

自分を押し殺して身を削るような努力をしてきたけれど、

ある時、無意識に追いやってきた本当の自分が、

顕在の自分に全力で「真実」を訴えているのが、

摂食障害として表現されているのだと思います。

 

 

 

「真実」とは、「ありのままの自分」のことです。

 

 

 

無条件に完全なるあなた自身のことです。

 

 

 

ということは・・・、

摂食障害になったということは、

「幸せに生きたいんだよ!」と、

全身全霊でもって教えてくれている

愛あるサインなのですね。

 

 

 

もはや、嘘やごまかしができなくなっているところまできたのです。

 

 

 

私たちは幸せになるために生まれてきました。

 

 

 

痩せるために生きているのでは、

もったいないなぁと、

回復した今の私は、そう思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

本来の自分を取り戻し、

喜び楽しむ日々を送られることを、

いつも応援しています。

 

 

 

今日も生かされていることに、

ありがとうございます。

 

 
森山 華伊